舞台は1925年、戦争前夜の上海・租界。「中国の中の外国」では国籍も状況もそれぞれ違う人間達が生きている。革命から逃れてきた元貴族のロシア人売春婦や外国人のとりまきを従える日本人の踊り子、トルコ風呂の湯女に工員・車夫・労働者たち。
この猥雑な国際都市で暮らす主人公「参木」は銀行に勤める日本人だが、やがて職を失い彷徨することになる。そんな折、友人が経営する日系紡績工場でストライキが起こり、発砲事件をきっかけに街全体が暴動に飲み込まれてゆく。
五・三〇事件を題材に、同時代の視点から混沌を混沌のままに提示する鮮やかな視覚的・心理的描写は、新感覚派の旗手・横光利一の面目躍如たるところ。特に後半部の展開は張り詰めたスピード感があり、読ませます。不穏な外国の街中で「俺の身体は領土なんだ」と認識する、その緊張感。
昔の女を引きずって据え膳を決して食わないニヒリストが外国で女にモテまくる話、と読んでも面白い。いまいち共感は出来ないんですが。
ちなみに横光利一の作品では「機械」「マルクスの審判」など短編が面白い。いわゆる病妻物の「春は馬車に乗って」「花園の思想」もなかなかいいです。「上海」とあわせて読むと、意外な幅の広さに驚くかも知れません。