小皇帝、中国の一人っ子政策によって生まれてきた言葉で日本でもよく知られている。現在は一人っ子同士が結婚した場合、二人目の子どもも生めるようになっているが、以前は一人っ子同士で結婚しても、一人しか子どもを生めなかった。そのため、孫一人に両親、父方、母方の祖父母という大人6人がかりで子どもを可愛がることになる。そうした甘やかし構造を中国人は「小皇帝」と名付けた。
でも実は子どもを可愛がることに関しては、日本人も中国人に及ばないということはあまり知られていないのではないだろうか。日本では子どもをのせたベビーカーが電車に乗るとき、周囲の乗客たちが迷惑がるとか、宇多田ヒカルが日本の子育て環境がよくないと言ったとか、保育園を作ろうとしたら周囲の住民がうるさくなるから反対したとか、子育て環境の悪さに関する事情がニュースになる。
筆者が住む埼玉県の地方都市でも、一歳になる息子を連れてマンション近くの道を歩いていて疲れたからベンチに座ろうとすると先に腰かけていた老女に「あたしは子どもが嫌いだからあっちへいっておくれ」と追い払われたこともある。幼児を可愛がる老人がほとんどだが、こういう老人もいるのだ。
ところが中国では状況が異なる。中国上海市在住15年になる村山さん(仮名、男性、40才、既婚、中国人女性との間に一女あり)も「中国の事を悪く言う人も日本には多くいますが、中国人の子どもへの愛情については、日本人も見習うべきではないでしょうか?私も夫婦共働きですが、妻の両親がよく子どもの面倒を見てくれて助かっています」と語る。
実際、筆者が知る中国人の友人知人はおしなべて子どもへの愛情を深く示している。子どもが薄着だと他人でも心配して声をかけて、「もっと厚着させなさい」とお節介するというのも、よくある話だ。これは、村山さんが言うとおり、今の日本人が失ってしまった中国人に見習うべき美徳かもしれない。
とはいえ、事はそう単純でもない。在日経験が25年になる北京出身の王さん(仮名、48歳、男性、離婚して今は独身)はこう語る。「中国人は確かに子ども好きだと思う。お爺ちゃん、お婆ちゃんも最初はとても可愛がるし、夫婦で働いていれば、子どもを留守中面倒みてくれたり、保育園の送り迎えだってする。頼まれれば、遠く離れた町や、外国に暮らす子ども夫婦のところだって手助けにいったりもするんだ。長期間祖父母が孫を預かって、両親が都会へ働きに出て不在、という留守児童問題も、そういう祖父母の愛情がベースにあるから生まれてくるんだよ」という。
「でも時間を経るに従い、祖父母も周りと情報共有を始めるんだ。誰それさんちでは、子どもの面倒をみてもらうお礼におこづかいをもらってるとか、一緒に旅行にいったとか。おこづかいだって、三万円とか五万円とかの少ない額じゃないよ。下手すりゃ十万円とか、もうメイドを雇っているようなもんだ。どうせ雇うなら若いコにしてあわよくば愛人にしたいと思うヤツも中国人男性には多いよ。(笑)」
小遣いをめぐって、中国版嫁姑問題が勃発することもよくあるらしい。「祖父母も最初は口に出さないよ。でもいっこうに小遣いがもらえなかったり、少なかったりすると、不満をつのらせて少しずつ言い出すんだ。誰それはいくらもらってるらしいよって。みんな期待するんだよね、結局お金を。で、子ども夫婦はそういう事ならもういいよってなっちゃう。」という。
中国では定年が50歳や55歳のところもあり、再就職先も決して多くない。職にあぶれた高齢者が中国の公園で集まっている光景を見たことがある人も多いのではないだろうか。そうして時間を潰すより、孫育てに参画したほうが子ども夫婦には感謝され、小遣いももらえる。ちょっとしたビジネスなのだ。
子ども夫婦も今の中国事情からいって見ず知らずのベビーシッターや保育園に預けるのは怖い。その点、両親なら安心だし、言いたいこともいえて、多少の無茶ぶりもきく。祖父母へ支払う小遣いが高くつかなければ、今の中国の事情からいってこの中国式子育ては、それほど悪くないシステムなのだ。
ある日、近所で子育てしている中国人家庭から、かいがいしく孫の面倒をみていた祖父母が突然いなくなったら、それは小遣いをめぐって折り合いがつかなかった、というのも一因かもしれない。