上海中心地からバスで約1時間の青浦区朱家角。水郷の街として明代の1500年代から商業で栄えた歴史のあるエリア。上海から気軽に行けるとあって、週末はマイカーで朱角家に・・・とおしゃれな中国人や欧米人たちが忙しい都会を回避するかのように集まる魅力的な芸術街になりつつあります。
街のシンボルである放生橋というアーチ橋を渡って更に東へ。石畳の路地は段々狭くなり、にぎやかな観光客の客引きもなく、地元の人々が住む長屋が続く中、竹を編み続けて60年の王さんの自宅兼作業場は、看板もない東井街の一角にあります。今は長年連れ添った奥さんと二人暮らし。竹の産地として有名な浙江省安吉出身の王さんは、今年72歳。12歳のとき両親の不幸で、生活のために朱家角に出稼ぎへ。以来、竹細工で家族皆の生活を支えてきました。
箸、ざる、かご・・・こんな竹細工は日本にもあると思われるかもしれませんが、ここでは竹製保温ポット(中国語:熱水瓶)枠も作られているのです。飾りも何もないシンプルなポットですが、細かく編み込まれおり、アルミ製より軽く暖かみがあります。完成したばかりのポットは竹の香りがぷーんと部屋の中で漂い、注がれたお湯も遠くから竹の香りがして、癖になる味です。
一日で2つ編めたらいいという王さん。
特別な作業場はなく、自宅ドアを開けるとすぐの台所で全ての作業をこなします。雨の日は、光が入らない台所ですが、電灯もつけず、手の感覚に頼って作業を進めます。
ちょうど、私がお邪魔したときは、竹製ポットの底部分を取付けるところで、シンクの盥に水をはり、やわらかくして輪にした厚い竹板を取付けていましたが、大きさは物差しで測るわけでもなく、刃物で切って微調整するだけでぴったんこ!熟練の技です。力の要る作業ですが、見事な手つきで丈夫なポット枠に仕上げていきます。無駄のない力の入った年季の入った技ですが、作業中、うっかり指を切ってしまうこともあるようです。
王さんの横にはじっと座って作業を見守る奥さんが、空気のような自然さで当たり前のように王さんの手先を追っています。竹は故郷安吉産にこだわり、自分の腕だけに頼ってきた王さん。上海でサラリーマンをしている息子さんに話が及ぶと、「竹細工職人にならなくてよかった、儲かるものではないから、弟子になんてできない」と。
中国の保温ポットケースは大体ブリキ、アルミ、竹、ホーロー、プラスチックの5種類。
50年代、竹製ポットばかりの時期がありましたが、50年代後半から60年代前半、農村の職人の労働力は食糧生産へと転向され、60年後半以降からは長持ちするブリキやアルミ、プラスチックに取って代わり、今ではほとんど見られない貴重品になりました。上海郊外の朱家角で作り続けられていることが奇跡とも言える竹製ポットなのです。
発展めざましい上海の中で、手づくりの趣きのある生活用品がどんどん姿を消している中、この竹製ポットは最近アートに敏感な上海人や外国人から注目されつつあり、卸値の15倍以上で店頭に並ぶことも。工芸品として価値あるものですが、肝心の王さんは値上げなんか考えてもいないようで、生活もいたって質素。黙々と作業をこなす王さんと奥さんを見ていると、帰り際に、「長生きしてください!」と言わずにはいられませんでした。
王さんが若い頃、どの家にでもあったこのポット、茶文化の中国に欠かせない日用品ですが、飾っておくのではなく、ぜひ丁寧に使い込みたい逸品です。