コラム第18回:「ひとつのテーマで」-猪飼麻由美さん-

    0
    2564

    マーケティング会社の上海支部立ち上げのため、上海へやって来た麻由美さん。

    大学卒業後に就職した宇宙開発事業団(現JAXA)に始まり、青年海外協力隊、NPO「Think the Earth プロジェクト」という強烈な経歴を持つ。

    「元々、特殊な世界や自分の知らない世界、日本の外の世界にとても興味があったんです。初めて就職したJAXAでは、宇宙輸送システム本部というところでロケットの開発や打ち上げに関わる仕事をしていたのですが、エンジンの仕組みや難しい略称など、すべてが勉強の日々でした」
    日本として、国単位で宇宙と関わることのできる特殊な環境を楽しんでいた麻由美さんだが、4年で仕事を辞め、青年海外協力隊に志願した。
    「一生このままかな、と思ったとき、自分には知らない世界がありすぎると思ったんです。20代のうちに外を見たい。世界はどうなっているのかこの眼で見てみたいと思いました」
    面接を受け、2001年から2年間ケニアに赴任。環境教育を専門に、海洋動植物の保護や地元小学校への巡回教育などに取り組んだ。赴任先はナイロビから車で12時間ほどの海辺の村で、日本人は一人しかいなかったが、語学面に不安はなかったという。
    「ケニアでの日々は本当に衝撃的で、これまでの常識を覆されるような出来事の連続でした。英語と現地で習得したスワヒリ語を使って、何とかコミュニケーションはとれていました。でも貧困問題を目の当たりにして、自分の無力さに打ちのめされそうになることはたくさんありました。そんな環境の下でも、幸せそうに生活するケニアの人々を見ていると、肩書きや日本の常識は、まったく意味を成さないもので、人間としてどうやって生きるのか、信頼関係とは何なのかについて考えさせられ、価値観ががらっと変わりましたね」

    任期を終え、帰国した麻由美さんは、運命的な出会いを経験する。
    ケニア滞在時に目にして、興味を惹かれた写真集を出版した団体が、たまたま出かけた展示会に出展していたのだ。「“エコロジーとエコノミーの共存”を掲げ、ビジネスを通じて社会に貢献する、という活動をしているNPOで、まさに自分の考えにぴったりでした」
    ブースにいるスタッフに自ら声をかけて面接を受け、見事合格。約10人の少数精鋭で、出版やプロジェクト企画、情報発信、企業とNPOをつなぐ企画提案など、1年半に渡り夢中で駆け抜けた。
    「毎日が十分すぎるほど充実していたのですが、日本での暮らしがだんだん窮屈に感じられてきて。そんなとき、父親の会社が上海支部を立ち上げることになったんです」

    2005年夏、総経理として上海へ。海外での会社設立、非営利から営利への環境の変化、総経理としての責任など、大変なことはいくらでもあった。
    「今まで非営利の発想でやってきたので、ビジネスをどこか否定的に見ていたのかもしれません。でもこれまでの経験から、思いだけでは持続しないということもよくわかり、両方の側面を知りたいと強く思うようになっていました。また、会社立ち上げ当時はいろいろな問題が発生し、はじめは全てを受け止めていたので本当に疲れました。でも、大変なことを大変だと言っていても、意味がないんですよね。問題があったらその時できる最善の処理をするしかないんです」
    最近では、ビジネスのおもしろさに目覚めてきた。ビジネスには、自己実現、人間関係など根本的なことすべてが関わってくると麻由美さんは言う。
    「ライフワークバランスがとても大切だと思うんです。私の中では、ビジネスとNPO。働くことが自分を成長させることは間違いないんですけど、やっぱり社会や環境に関わる仕事がしたいし、少しでも世の中を変える力になりたい。NPOの発想で、ビジネスの結果を出したいんです」
    会社が落ち着いたら、上海で、今でも所属しているNPOの活動を始めるつもりだ。中国の環境情報を発信したり、日系クライアントのCSR活動を支援したり、まずは小さな一歩から始めたいと麻由美さんは言う。

    ケニアでのゆったりとした海外生活から一転、人が多く慌しい上海での毎日だが、今ではそんな上海生活を楽しめるようになった。
    「上海は、人とつながりやすいし、大陸的な大らかさがとても気に入っています。それに、今の時期の中国を、現場で体験できていることは、とても貴重な経験だと思います。海外生活をしてきて思うのは、文化・考え方・ビジネスにおいて、日本はとてもユニークだということ。中国に来てから特にそれを感じますね。もちろん相手によって方法を変えるべきですが、環境が変わるからこそ、角度を変えて見ることができるし、人を見る目・視点・考え方、すべてが影響しあっていると思うんです」

    異なる国、組織、業界で多くのことを経験してきたが、何年経っても、自分のテーマがぶれることはなかったと麻由美さんは言う。その強さと、どんな環境にも適応できる女性のしなやかさが、周りの人々や社会を巻き込んで、世の中を動かす力になるのかもしれない。

    前の記事第17回:「シアワセな日々」 -EMIさん-
    次の記事コラム第19回:「夢をこの手で」-望月智代さん-
    宮城県生まれ。 国際基督教大学教養学部卒業。2004年より上海戯劇学院に留学。 その後、上海にて映像制作の仕事に関わる。現在は東京で、コーディネーターときどきウェブ、イベント制作を担当しています。

    返事を書く

    あなたのコメントを入力してください。
    ここにあなたの名前を入力してください