地下鉄のなかで物乞いの女の子の出会った新聞記者の著者。その子の後を追いかけるシーンからこの「物語」は始まる。「女の子は衣料品店の並ぶ商店街、大柵欄に入り、雑踏の中に姿を消した。店頭に並ぶ裸電球の光の束が、路地にぬかるんでいる。その時、さっと春の風が通り過ぎ、ふと我にかえった。買い物客のにぎやかな声が、耳元ではじけた」
薄暗い路地裏に入り込んだ著者のルポルタージュは急激な変化の渦にある中国社会の像を、そこに生きる人々の生き様を通して浮かび上がらせる。
乞食、火鍋屋の主人、餃子屋、契約社員、居民委員、農民、失職者、アナウンサー、知識人…さまざまな人々が織り成す「物語」は時に可笑しく、時に悲しい。
市井のライフヒストリーから大きな社会変化のあり方を描写する絶妙な技法は、新聞記者だったからこそできた職人芸かもしれない。しかし単なる現状分析や概説に終わらず、再読に耐えられるだけの妙味があるのは著者自身の眼と筆、そして文章構成能力に依るところが大きいだろう。
改革開放以後の中国社会を考えるのに絶好の良書。