「上海の台所」というタイトルでありながら、実際上海人の台所に進入した記事がない、と思っていたら、つい最近日本で働いている友人Sさんが上海出張で実家に戻っているという知らせを聞き、ママの手料理をご馳走になることに。
Sママの料理はオーソドックスな家庭料理で、紅焼肉の湯葉入り(上海の代表的家庭料理)などは、上海に10年住んでいる私も、絶品とうなる味なので、待ってました!とばかりに、お伺いすることになりました。
私が上海で自炊生活を始めるきっかけが、Sママのおいしいご飯があったから。
当時日本語を教えるという口実で、毎週週末、泊りがけでお邪魔しては手料理をご馳走になるというずうずうしさで、毎日屋台で食事を済ませていた私の貴重な栄養源でした。SパパとSさんは肉料理が大好き。そのため、Sママは、毎日、スープやしょうゆ煮にして工夫をこらし、魚好きのママにも魚料理を一品加え、お酒好きの私にビールや紹興酒を用意してくれていて、週末はにぎやか食事タイムでした。
ここは、上海体育館に近い宜山路。
週末は朝食を済ませるとすぐ、ママは自転車で近くの市場に行って、たくさんの新鮮な食材を買いに行き、ママが買ってきた食材を見て、パパがどんなおかずにするか決めていきます。というわけで、台所で野菜を洗い、包丁で切り分けて仕込むまでは、パパの担当。私が台所を覗くとSパパはいつも「料理は仕込みが一番重要。」と言い、ママは、「調味料を入れ加減とタイミングが一番難しいのよ」と手をやすめません。まだ中国語がよくわからなかった私に、二人の先生が、身振り手振りで。
各自の食器は茶碗と箸のみ。スープがあるとレンゲが付きます。取り皿があるのは特別な日だけ。
お茶碗にご飯をよそって、その上に自分が食べたいおかずをじか箸でのっけてご飯と一緒にいただきます。大皿料理を皆で食べる中華料理では、ゲストを大事にして、一品一品ゲストが初めに箸をつけるまでホストは食べずに待つ習慣があります。
Sさんの家族も同様で、私が遠慮していると、私のお茶碗に料理を入れてくれます。私が心配なのか、「おいしい?」と何度も聞いてくるかわいいママ。「小さいからたくさん食べなさい」と。お邪魔するうちに遠慮の文字も消え、箸を休めず食べている私に「うちのご飯に慣れたね。よく食べるようになった」と微笑んでくれたご両親の顔は今でも覚えています。
Sさんが日本に行って9年以上。逞しく成長したSさんの実家では、9年前と同じように茶碗とレンゲが並べられ、あの頃と同じ料理が湯気を立てて待っていてくれました。