第6回:そのスピードで。

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    5月の終わりに、転職しました。
    理由は今となってはたいした問題ではありませんが、業種・環境・条件など、自分にとってはすべてが新しいものです。会社を知ったきっかけは留学時代の友人を手伝ったミュージカルで、ミュージカルを番組で取り上げたいとのこと。地元のテレビ局の番組を制作している制作会社だと紹介されました。

    番組の担当は日本人で、感じの良い、かわいらしい感じ女性でした。このコラムの取材対象になってもらおうとメールをしたのと、会社が求人広告を出しているのを知ったのはほぼ同時で、なんとなく流れを感じました。会社を訪問すると、こじんまりとした会議室に通されました。レトロな雰囲気のオフィスに机を並べているのはほとんどが中国人。飛び交っているのは90%、上海語。
    (東京にオフィスがあるってサイトで見たし、日本の企業だよね・・?)
    ギモンを感じつつも、コラムの取材を開始。想像通り面白い経歴の持ち主に手ごたえを感じつつ、話は私自身の職歴へ。
    「Webコンテンツ、調査なんかもやってるし、日本人が欲しいと思ってたところだから」
    と彼女は言い、仕事内容について軽く説明されました。ああ、これって面接なのかなと、少々緊張しました。ミュージカルを通してやりたいことができたこと、これまでの経験を活かせるならこの会社に興味があるし、中国語の面で不安はあるけれどやってみたいと一通り話し終えると、彼女はうなづき、部屋を出て行きました。
    「この人が社長だから」
    戻ってきた彼女と、まだ若そうな男の人が目の前に座り、名刺を渡されました。
    「うちで働きたいの?」
    社長と呼ばれた男の人は、座っている私を上から下まで観察すると特に興味もなさそうに部屋から出ていきました。彼女も特に気にするわけでもなく、こちらに向き直り、人の良さそうな笑顔でさらりと言いました。
    「じゃあ、日本から帰ってきたら連絡してください。今日はありがとうございました」
    面接らしきものも終わり、気持ちも多少落ち着いて社内を観察してみると、マイペースな職場だなという印象を受けました。それぞれが、それぞれのスペースで自分の仕事に向き合っている感じ。帰ろうとしていると、彼女は会議室のいちばん近くに座っていた社員に声をかけ、私を紹介してくれました。彼は日本人のようでした。
    「5月末から来てくれることになった、高橋さん」
    軽い衝撃。
    (・・・はっきり言われなかったけど、これって決まったってことなのか・・)
    これまでと違い、拍子抜けするほどあっさりとした就職活動でした。これが「ギョーカイ」ってやつなのか、と変に納得し、ついていくのが大変なのかもしれないなあと少々不安になりました。
    自分が人の紹介で就職するとは思わなかったけど、そして今までそういう就職にあまり縁のないところにいたけど、人生っていろんなことが起こるんだなあとしみじみ思いました。3月末に会社を辞めて1ヶ月、気持ちの上でも生活の面でもいろいろあったけど、やっぱり自分で踏み出さないと。

    そして今、8月の終わり。
    調査にも片足を突っ込んでいるけれど、テレビ番組の制作を担当してしまっている自分にもやっと慣れてきました。初めて知る中国人スタッフとの葛藤、業界のこと、中国語の専門用語、不定期な休み、さらにローカルの企業だったなんてことも発覚しましたが、毎日わりと楽しく過ごしています。人の良さそうな笑顔の上司はやっぱりものすごく興味深い女性で、同僚は変わった人が多いけど、一歩踏み込んだ、違った角度で関わる上海生活も悪くないと思えます。上海だからこそできること、したいこと、やらなければいけないことはやっぱり人それぞれで、どれをいつどのように選ぶかに個性やら人生観やらが現れてくるのかもしれません。いつでも、どこでも、始まりはゆっくりと、そのスピードで。

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    宮城県生まれ。 国際基督教大学教養学部卒業。2004年より上海戯劇学院に留学。 その後、上海にて映像制作の仕事に関わる。現在は東京で、コーディネーターときどきウェブ、イベント制作を担当しています。

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