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| [ jun ] |
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上海情報ステーション編集長。2002年より華東師範大学留学。その間、中国各地を旅する。現在、某所研究員・大学非常勤講師の二足の草鞋。専門は社会学(特に社会運動論)、歴史学(中国現代史)。 |
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飛行機があまり好きじゃないぼくの旅行はもっぱら列車とバスを利用する。チケット代も列車の方が安いし。
とはいっても、よくありがちな『深夜特急』ばりのバックパッカーをしたいわけではなく。むしろ本当のことを言えば貧乏臭いのは嫌いなので、金さえあれば軟臥(一等寝台)に寝てゴールドの青島ビールを飲みつつワハハっと移動し、高級ホテルの最上階から夜景を見渡してしっとりとウイスキー。なんて感じがベリーグッドなのだけれど、実際にはそんな金がある訳もなく、不本意ながらも結局、貧乏旅行のバックパッカーとなってしまう訳です。
中国の硬臥(二等寝台)は、三段ベッドが向かい合うようにして配置されていて、一番上は天井桟敷どころか頭がぶつかるのであぐらもかけない。
さらに車内放送用のスピーカーが枕近くにあったりしたら、南無三、つまりOh, my God!という感じで、朝から晩まで騒音とつき合うことになってしまう。これは実際、かなりキツかった思い出がある。
ところが塞翁が馬。というのだろうか。これは。狭い車内空間は軍人、党幹部のようなエリートから庶民までさまざまな人々がひしめき合っており、リアルな「中国」を知る絶好の機会でもあったりする。
もちろん、一言で「リアルな中国」といっても、56もの民族が暮らすデカイ中国をワンフレーズで包括できるわけでもなく、実際に「中国は…」とぼくらが使う場合、それはもっぱら主観的で想像的な宇宙。私的コスモロジーである場合が多い。
で、ぼくの頭のなかにある「中国」というコスモロジーは、主にこうした旅の移動中、漂泊中に出会った様々な人々や彼らとの会話を通して創られてきたような気がするのです。
そこでコラムというにはちょっと私的な感がありますが、これまでぼくが移動中に出会った印象的な出来事の系譜で「中国」をみてみたい。というのが今回の企画。 |
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ある晴れた日、カフェで珈琲を飲みながらふたりのサルダージーが互いに自慢話をしていました。
「ぼくのお爺さんの時計が井戸に落っこちてしまったんだけど、なんと30年後に拾い上げてみるとそれはまだ動いていたんだよ!」
「それのどこがすごい?オレんとこの爺なんか井戸に落っこちて、30年後に引き揚げられたけど、まだ生きてたんだぜ」
「うっそだろ!ありっこないぜ、そんなこと。30年も井戸の中で何をしてたっていうんだ」
「分からないかなあ?お前の爺さんの時計のねじを巻いてたんだ」
以前、こういうジョークを聞いたことがある。
実際、世界のジョーク集みたいなものを読んで気がつくのは、ちょっとズレた時間感覚を巧みに織り交ぜつつ、「可笑しさ」を紡ぎだす技術だったりする。
中国を旅行していてよく感じるのもこの時間感覚のズレ、特に気になるのは「待つということ」に対する反応の差。
2003年。 四川を経由して雲南省昆明へ着いたぼくと友人は、以前から行ってみたかった麗江という町へ向かうため、駅前から夜行バスに乗り込んだ。
バスの値段は結構安い。そして一人一人に小さいながらも寝るスペースが与えられている。日本の夜行バスと比べてもかなりいい線いってるね。こりゃあラッキー。ベリークール。などと言いつつ出発を待ってゴロゴロしていたが、それがなぜかなかなか出発しない。
どうやら空席が埋まるまでバスを出発させないようだ、と気がついたのは予定の出発時間を1時間も過ぎた頃だった。
そして、どうやら彼らは運行時間を守ることよりも空席を埋めることのほうが絶対的に重要だと考えているようだ、と気がついたのはさらに30分ほど過ぎた頃だった。
これをもって「中国人はテキトーだ!」と怒るのは、おそらく間違っている。
運行時間を守る。
乗客をできるだけ多く目的地へ運ぶ。
という選択肢があって、ぼくらは を重視し、かれらは を重視しているという、ただそれだけの話だ。
も も重視した結果のJRの悲劇を目の当たりにした日本人であるぼくにとって、むしろ を完全に無視して のみにこだわるかれらのやり方は、密かな合理性すら感じる。
当然、ごちゃごちゃ文句をいう中国人はひとりもいなかった。皆思い思いに会話したり、なぜかお香を焚いたりして暇をつぶしている。ちなみに日本のバスで自然に自分の好きなお香を焚けるだけの能力と度胸を備えた人をぼくは見たことがない。
そして日本人のぼくらと偶然同乗した韓国人だけでやきもきしていたものの、バスはかなりの時間を過ぎてからようやく出発した。
お香が焚かれた深夜バスで走る中国の山麓は、すごくファンタジックだったのを記憶している。
ところが今度はバスが壊れる。壊れる。エンジンベルトが切れ、バスからは煙があがり、まったく何もない山麓で立ち往生。このまま百年たってもたどり着かないんじゃないないだろうか。百年の孤独、という思いが一瞬アタマをよぎる。
運転手に聞けば、このバスにはエンジンベルトの予備が三つあるということで、ぼくらは若干安心してもいたのだが、50メートルもしないうちに再び煙り。断絶。もう一度付け替えて再び発進。が、やはり50メートルも走らないうちに断絶。
さらにもう一度付け替えて発進。したものの、無念、南無三、三度目の断絶。で、勝負あった。という感じ。
運転手、一言。「全部、偽物だ…」。エンジンベルトにまで安物使うなよ…
そんなわけで、ぼくらは何時来るかしれないお助けバスを道ばたで待ち続けた。もうすでに出発から12時間以上経過していた。
ここで 普通日本ならばバス代を返せだの何だのと文句を言うヒトが登場するのだが、当然というべきか、不思議というべきか、中国人はみんな黙々と運転手の言うことを聞いていた。さらに言えば、むしろかれらは和気藹々としていた。
それじゃあ、「中国人は時間感覚がルーズで運行時間などは気にしないのか」といえば、必ずしもそうではないらしいことを、ぼくはその後湖南省の省都・長沙で経験することになる。だが湖南でも、運行時間を旅行会社に守らせようとする中国人乗客のテクニックは、やはり日本人とはまったく異なっていたのである。 |
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| <つづく> |
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