上海情報ステーション  
ホーム 上海を観る 上海で学ぶ ブログを読む
コラム
書籍紹介
アーカイヴ
取材ノート
ドレス購入記
生活便利帳
上海プチ留学
GoMA
リンク
サイトマップ
 
          執筆者
取材ノート
carlos
[ carlos ]
最初 前へ 取材ノート一覧 次へ 最後
 
プロフィール
上海情報ステーションプロジェクトリーダー。初渡中は93年夏。台湾-香港-昆明-大理-麗江を旅する。趣味は散歩とサンバパーカッション。専門はブラジル研究。1972年、札幌市出身。
     
八日目
2005年8月14日(日)
レンタル自転車
貸し自転車で湖畔を散策した。中国は右側通行なので左折に苦労した。何度も湖畔に近づこうとするが、その度に警官に止められた。その配備数がすごい。中国という国は重点的にやるべきところは効果がはっきりするまでやるという姿勢がある。
−自転車に関して分かったことを先に伝えておくと、「レンタル自転車は時計回りの方が良い」ということだ。そうすればずっと湖畔を走ることができる。
目的地その1、岳飛と出会う
10:30 岳飛を祀る廟に行った。神格化され篤い信仰を集めている歴史上の人物だという。関羽が関帝廟に入っているのと同じことだ。
 
入場切符には「諸葛八卦村」−諸葛亮の末裔が住む村だと書いてある。ん??。自分が何を見に来たのかよく分からなくなった。よくよく見ると半券がクーポンになっていて「八卦村にも行ってみよう!」ということのようだ。紛らわしいことを。諸葛八卦村までここから3時間もかかるのに(←スケールがでかい)。
岳飛の座像 岳飛は南宋の人。1103年生まれ(日本では平安末期ってとこですか)。農民出身のヒーローで、外国勢力を追っ払って頭角を現し、民衆の間にビッグな人気を獲得した。しかしそれが仇となって時の宰相の秦檜に睨まれ謀殺されている。死後、神格化されてビッグな座像になってこうして西湖のほとりにいた。
「いい顔した像があるねえ」
「でかっ。閻魔大王?」
「岳王でしょ。神格化された岳飛のこと。岳飛を祀った神社みたいなものだからね」
「日本にも徳川とか菅原とか神社に入ってる人いるけど、こんなビジュアル系の人いないね」
「衣装が凛々しいね」
「チームで揃えたらしいよ」
「見てきたみたいに言うなあ。特攻服じゃないんだから」
「背中には金の刺繍でチームの名前が入れてある」
「ほんとかよ」
「ぜんぶ漢字だったそうだ」
「そりゃそうだ。でも、背中には刺青(イレズミ)が入っていたというのは本当らしいね」
「それも母ちゃんが彫ったっていうんだからスゲー家系だよな。子供もグレるよ」
「グレてなんかないよ、『尽忠報国』って彫ってあったんだって。忠義を尽くして国のためにガンバるって意味。」
「ますますスゲー母ちゃんだな。族っていうか、むかしの日本人だな」
「だね。スポ根だよね。西郷隆盛が退陣したときに自分を岳飛になぞらえてこの言葉を引用したのは有名だよ」
「そのあと『俺も美形に生まれたかったー』とつづく」
「西郷さんだっていい顔じゃん。でも岳飛ってイケメンだよね。たぶん当時もモテただろうね」
「若い女の子がキャーキャー言ってたらいし。Gackh(ガクヒー)、Gackh(ガクヒー)って」
「どっかで聞いたような…。でも岳飛の人気は上層部の反感をかったらしくて、秦檜という人にだまされて殺されちゃうのよね」
「『俺も美形に生まれたかったー』という妬みもあったそうだ」
「男の嫉妬は怖いわさ。でもこうして後世の人に祀られることで岳飛の嫌疑も晴れるというものよ」
「たった今判決が出ました。無罪です。イケメン無罪です!」
     
なぜ、中国の廟はこうなのだろう?関帝廟もそうだけど人物がビッグでリアルだ。 岳飛像は子供用のおもちゃの家に大人が入っちゃったみたいに空間を占めていた。
秦檜夫妻の像さて、岳王に目をとられていてはここにきた意味は半分である。建物の外には先ほど触れた秦檜夫妻の像があった。「岳飛を慕う中国人は、つばを吐き掛け棒でたたいてこらしめる」とも言われる夫婦の像だ。後ろ手に縄をかけられ正座させられていた。救国の志士と売国奴のコントラスト。中国人にとっては胸のすく愛国スポットなのだろう。
 
過去の出来事に現代の基準や現代の文脈を持ち込んでも意味がないと思う。以前日本のテレビ番組でヒトラーの歴史的意義をヒューマニズムという観点によって無化するといういささか分裂した番組を見たことがあるのを思い出した。そこではヒトラー個人が救済されていた。「人間の弱さですねー」とか呑気なコメントが日本らしい。人間の弱さではなく、判断を避けたいアンタの弱さだろう。と、毒づいた蹴り返しで中国を見てみると、褒めるのと同時にケナすことも忘れない構図のリアルさに気づかされる。こっちはこっちで生々しすぎた。過去をのぞき見する行為は必ず自分を裸にする。裸にするだけじゃなくその欲望までさらけ出してしまう。そんなことを考えた。
 
 
岳飛と秦檜夫妻は死後1000年経ってなお、愛国の寸劇を本人主演で演じ続けていた。  
 
目的地その2、
楼外楼(ローワイロー)でトンポーローを食べる
11:30 楼外楼(ローワイロー)でトンポーローを食べた。これは今後かなり自慢できる。へへん。紅泥のと違って肉まんの皮が載っかっていた。脂をほどよく吸ってくれて食べやすい。
地元人の楼外楼に対する評価は厳しいようだが、ロケーションは最高で味もよいので、僕らはこっちの方が好きだった。すいかジュースがピッチャーに一杯。うれしい。  
 
帰りの自転車は快適だった。湖畔を走る。自転車が歩道に乗ると「ピー」と警官に笛を吹かれる。しかし自転車は正解だった。、確実に西湖の風になることができる。
ホテルには案外早く戻ってこれた。そこでもう一か所行くことになった。僕は熱を出して(ザリガニの呪い)もうへとへとだったのでこころの中では「Oh my God!」と叫ぶことになった。その声は二人には届かず。
雷峰塔 13:00 タクシー10分。西湖を見下ろす「雷峰塔」へ行った。
西湖
ガイドブックに六和塔という別の塔が載っていたが、こちらは全然別の場所だった。丘の上まで階段を登った。パゴダ(崩れている)の上に塔をかぶせた形だ。1、2階からはオリジナルの遺跡を見ることができた。上に登るとなるほど景色がきれいだった。遠景に杭州シティの影が見えた。
14:40 杭州→上海
列車は満席。温かいビールを飲み、お菓子を食べた。列車内では無料の「お湯」サービスがあることを知った。
家に帰り、荷物を置いてすぐに移動した。
 
上海老站  
 
「上海の古い駅」の名を持つこのレストラン、西太后の専用車輛を改造して中を食堂室として使ってる。この車輛内のテーブルは4人掛けなので注意が必要。別途150元のテーブル予約料がかかる。僕らは建物の中の広い席だった。
ようやくの上海料理だった。魚料理も食べてなかったので、ポピュラーなイシモチをたのんだところ、イシモチは全部無いと言われた。
ウエイター「・・・・・・」
それではと違う食べ物をたのんで、最後にひょっとしてと思い他の魚料理はないかと聞いてみると他の魚はあるのだという。日本人的には「イシモチはありませんが○○○でしたら・・・」というのを期待してしまうが、中国人はイシモチに関しては「没有(メイヨウ)」というわけだ。正確にものを言うのである。

庭に列車が鎮座していた。戯劇で留学生をやったという岩城さんが登場した。aiya、Jasonらの仲間だという。Nozoの交友関係には頭が下がる。
僕とJunがNozoのマンゴーを食べてしまったことが話題になった。出張中のNozoは熟れごろをたのしみにしていたのだそうだ。確かにおいしいマンゴーだった。食べ物の恨みはなんとやらである。

許留山 (Hui Lau Shan)
司馬舞はaiyaに誘われて靴を買いに行った。その間に男5人でデパートの中にある甘味処(?)の許留山に行った。まず、店内にスキンヘッドの女の子がいて驚いた。尼ではないよ。そして僕らが男5人でデザートというのにも驚いた。上海のおしゃれな女の子が多い店内に男5人は目立っていた。
広大な中国はフルーツも豊富で特に南部のトロピカルフルーツが安価で手にはいるのがうれしい。許留山はもともとは漢方医がつくったというレシピをもとに亀ゼリーで有名になったお店である。香港が拠点だが、フランチャイズでデザート店を展開している。食後の一服に、デートの途中に、便利な店である。
最初 前へ 取材ノート一覧 次へ 最後
  上へ
編集部にメール